STELLA (1)

協調性って何かしら。
協調性ってそれほどにも重要なのかしら。
協調性。
パンフレットに繰り返し並べられる文字を見てフィオナ・ヴァレンチノは大きくため息をついた。
パンフレットを閉じて膝の上にのせ、流れるように過ぎていく外の景色へと目を向ける。
自宅から車で1時間ほど、都会の景色は華やかというよりも混雑している感じがした。

ヴァレンチノはイングラム国では有数の貴族で、三女であるフィオナも幼い頃からヴァレンチノの名前に恥じないように教育を受けてきた。
自分で言うのもどうかと思われるかもしれないが、頭も優秀、容姿端麗で気品があると自負している。それほどに彼女には自分に自信があるのだ。
けれども彼女は「三番目」だから、優秀すぎて時々長女や次女に冷たくされたこともある。
そんなとき、いつも手を差し伸べてくれたのが三男のウォルトだった。
男の世界は自分の世界よりもつらい世界なのだろう。長男や次男と言葉すら交わしたことのない彼の境遇は自分に似ていた。
だからそばにいて楽しかったし、ずっと一緒にいたいと思った。
「三番目」でも良い。
彼と同じ「三番目」なら。

 「ウォルトお兄様…」

その名前を呼ぶと、泣きそうになる。
もう半年も前のことなのに。
泣いて過ごす日々は終わったのだ。
今日からは高校一年生。
この道を選んだからには、覚悟を決めなければいけない。
フィオナはパンフレットを強く握り締め、窓にうつりはじめた大きな校舎へと目を向けた。

停車した車を待ち構えていたのか、運転手がドアを開ける前に一人の女性がドアを開けた。
若く、穏やかな笑みを浮かべた彼女は車内のフィオナを見て笑みを深める。
 「おはようございます。フィオナ・ヴァレンチノさん。さぁ、車を降りて。魔法学園アナスタシアにようこそ、フィオナさん。私はアグネス・シフォルスト。あなたの担任です」
魔法学園アナスタシアはイングラム国では中の下、良くて中の中といったレベルの学校。
それではなぜ、そんな平凡極まりない学校にフィオナが入学することになったのか。
それもすべて、自分の願いのためだ。
そして、それは…亡くなったウォルトお兄様の…。

すぐそばで「きゃあっ」と叫ぶ女の子の声。
と、思っているとそれはすぐに自分の元までやってきてひらりとフィオナのスカート捲り上げていった。
 「!!きゃあっ…!」
 「あら、突風」
驚くフィオナに対し、アグネスは平然と呟く。
 「今日は風が強いのね。早く校舎に入りましょう」
促されるまま校舎へと入っていくフィオナたちを追いかけるように、革靴の音を響かせながら一人が歩いていく。
空に浮かせた本へと目を向けながら彼女はつぶやいた。
 「白いレース……綺麗」



兄は夜空を見るのが好きだった。
晴れた夜、屋敷の屋上から天体望遠鏡を用意して夜空を眺めていたことも何度もある。
彼は口癖のように言っていた。
 「いつか、空に行きたいな。行って、もっと近くで星を見てみたい」
 「ウォルトお兄様、それならば魔法を使っていかれては如何ですか?」
 「フィオナ、魔法でも限界があるんだ。僕の魔法じゃ、せいぜい雲のあたりまでしか行くことは出来ない」
 「それは残念ですね」
 「でもね、フィオナ。良いこと教えてあげる。この国のある魔法学校にね…」
得意気に話した彼は最後にこう言って話を終えた。
 「でも、あの学校は女性しか入れないんだって。僕じゃ無理なんだ、残念だよ」
 「まぁ、そうなのですか…。それならば、お兄様。私が…私がお兄様を…」

校内に響くチャイムの音に、はっとフィオナは意識を取り戻す。
どうやらご飯を食べ終えた後、少し眠っていたらしい。
食べた直後に寝ると、太ってしまうと家の人たちには言われているのに…。
寝ていたことを周囲のクラスメイトに気付かれていないか、と思わず周囲を見渡す。
どうやら周囲の女の子たちは自分たちのおしゃべりに夢中なようだ。
女子校、クラスメイトにいるのは女子だけ。
どんな学校生活になるのかと思っていたが、あまり家とは変わらない。
最初は貴族であるフィオナに興味を持ったらしい何人かが話しかけてきた。
 「ねぇ、フィオナさん。あなた、ヴァレンチノ家の三女なんでしょう?」
確か、最初に話しかけてきた女子生徒はそうフィオナに言ったと思う。
対して、フィオナはにっこりと美しく笑顔を浮かべて答えた。
 「えぇ、そうよ。だから、喜びなさい。あなたたちみたいな平民が、私と同じ空気を吸って学校生活を送れるなんて神様がかわいそうなあなた達に与えたご褒美よ。後世まで語り継ぐと良いわ!!」
こうして、彼女の学園での友人関係は終わった。

私はただ本当のことを言っただけなのに。
どうして避けられなければいけないの?

平凡な人間はわからないものだ、と幾度目かのため息を小さくフィオナがはくと、まるでそのため息が聞こえたかのように担任であるアグネスがやってきた。
 「ねぇ、フィオナさん。そろそろ、ペアを組む人を決める時期だと思うの」
 「ペア?」
 「そう。この学園は協調性を重視しています。だから、この学園で学ぶほとんどの魔法が協力魔法。つまり、誰かと協力しないと成功しない魔法が多いの。わかるわね?」
 「わ、わかっています…わ。私だって、ペアを組まないといけないことぐらい…!!けれど…!!このクラスの人たちは平凡な人たちばかりで、私には不釣り合いなのよ!!」
 「ちょっと、フィオナ!!あんたねぇ!!そういう性格だから、誰もあんたに近寄らないのよ!!」
フィオナの叫び声に意義を唱えたモニカは勢いよく席を立ち上がると、フィオナの方へとやってきた。
 「わかってるの!?フィオナ。あんたが私たちが平民、私は貴族なんてお高くとまってるからそうなるのよ!!」
 「わ、私を呼び捨てにするなんて…あなたたち平民にっ」
 「あんただって同じ人間じゃない!!どういう育て方をされてきたか、知らないけれど!貴族が何よ!!そんなに偉いの!?」
ざわつく教室内。
けれど、誰も彼女を止めようとはしない。
むしろどこからか彼女を応援するような野次が飛ぶばかりだ。
 「わ、私は…ヴァレンチノ家の…」
三女。三番目の娘。
大事なのは長女。優秀な長女。
次は次女。美しい次女。
三女なんてその次。優秀だけれど長女には勝てないし、綺麗だけれど次女にはかなわない。


 「やめなさい、モニカ!!あなたは何ですか?正義の味方にでもなったつもり!!?あなたに彼女をそんな風に言う権利はあるの!!?」
 「でもっ、皆が迷惑しているのよ!?」
 「皆って、誰のこと?」
モニカの叫びを消すように、尋ねる声が投げられた。
 「え?」
 「皆…って、誰のこと?」
小首をかしげてみせる彼女、ニーナ・オリオールの言葉にモニカは声を失う。
どうして?クラスの皆、そう思っていたんでしょう?
だから、彼女に声なんてかけなかったんじゃないの?
私は皆を代表して言ってあげたのに…!!
無表情に見えるニーナの表情にモニカは目を向けた。
ニーナ・オリオール。この学園で彼女の名前を知らないものはいない。
この学園で学年を越えて歴代トップの成績をたたき出した生徒だ。
物静か。物静かすぎて何を考えているのかわからない所為か、周囲に人はいないものの、皆が尊敬と畏怖の目を向けていたのは確かだ。
 「教えて」
 「何?あなたは違うって、言いたいの?ニーナ」
 「……そう。わたしは…違う。わたしは…迷惑、していない…から」
 「どうして?…彼女が貴族だから?」
 「…違う」
席を立ち、二人の間を遮るようにモニカとフィオナの間へと歩くニーナの目はモニカではなく、フィオナヘと向けられていた。
ふ…と瞳を細め、口元に無表情のなかに微笑みを浮かべて。
 「わたし、あなたと組みたい」
 「!!?」
 「ニーナ!!?」
 「ダメ?」
 「あ、あなた…!!何を考えているの!?今の組んでいる人とはどうするの!!?」
 「あら、モニカ。あなたは知らないの?ニーナの相手、サラ・ブランシュは協力魔法の全てを会得した為、今後はソロ魔法の勉強に専念するそうよ」
フィオナをまっすぐと見つめる瞳。
優しく微笑んだ彼女はフィオナに小首をかしげて尋ねた。
 「ダメ?」
 「……あ、あなた…私と、組みたいの?」
 「…そう」
疑うような瞳を向けても、彼女は変わらない。
ただフィオナの返事を待っているようだった。
 「…し、…仕方、ないわね!!組んであげても良いわよ!!?あなたがそこまで言うのなら!!」
 「それじゃあ、わたしたち……ペア、ね?」
 「そうなるわね。私はフィオナ・ヴァレンチノとペアを組めることを光栄に思いなさい。ニーナ・オリオール」
 「……うん」
こうしてモニカからの中傷は受けたものの無事フィオナの相手は決まった。