STELLA (2)

めでたしめでたし、と思うところが教師なのだろうとアグネスは思う。
しかし、フィオナがそうであったように、ニーナも一筋縄ではいかないタイプだ。
 「モニカ、腑に落ちない顔ね?」
 「だって…。私、あの子が嫌いよ。貴族ってだけで、えばっちゃって」
 「…そうねぇ。たしかに、この学園のどこが面白くてヴァレンチノの人が入学したのか、私にもわからないのよ。ヴァレンチノの人たちもただ事務処理をするだけで、何も教えてくれなかったし…。あんな事故があった後だから、気分転換に、とでも思ったんじゃないかしら」
 「……」
 「ねぇ、モニカ。私も鬼ではないから、あなたの願いも少しは叶えてあげようと思うの」
 「どういうこと?」
 「だからね」
ふふっ、と小さく笑ったアグネスは年齢よりも少し若く見える笑顔でモニカに言った。
これは教師としての役目もあるが、個人的な思いもある。
教師だって聖人というわけではないのだから、身内が可愛くて何がいけないのだろう。
ちょっとぐらい、手を貸してあげても良いではないか。

翌日の昼休み、アグネスがフィオナに声をかけると、フィオナは「協力魔法」について書かれた本を読んでいた。
図書館で借りてきたものではなく、自分の持ち物らしく、少し角が汚れていた。
 「ねぇ、フィオナ。せっかくペアになったのだから、さっそくニーナと試してみない?」
 「試す?何をですか?」
 「協力魔法は頭で理解することも大事だけど、実践が大事よ。回数を重ねて、お互いの信頼を深めていくことが大事なの。あなた、ニーナのことは?」
 「…名前と出身は…」
少し恥ずかしそうに答えたフィオナにアグネスはやはりと思った。
そう、彼女はこのクラスの生徒の名前と出身を覚えていたのだ。
あのとき、誰も彼女をフルネームで呼んでいなかった。
モニカだって、成績優秀とはいえ、同じクラスの彼女をいつもの調子で呼び捨てている。
「ニーナ」。
そう呼んでいたのに、彼女はあの時に言ったのだ。
「ニーナ・オリオール」。

放課後、静まり返った校舎の屋上に4人はいた。
フィオナ、ニーナ、アグネス、モニカの4人だった。
 「どうしてモニカさんがいるのかしら?」
不快そうな顔で言ったフィオナにアグネスとモニカは笑みを浮かべる。
 「私たちがペアを組んで、あなたたちの相手をするのよ」
 「私とモニカは姉妹なの。ペアじゃなくても、協力魔法は使えるのよ。それじゃあ、始めましょうか」
 「ルールは簡単よ、このペイント弾をぶつけあうの。投げるのは私とフィオナ。残りの二人は防御をするの。自分だけ守るのも良いけれど、それじゃあフィオナが汚れちゃうわよ?」
 「……協力魔法。包み込む聖母の腕…」
 「正解よ、ニーナ。さぁ、始めましょう」
 「ちょ、ちょっとお待ちなさい!!ペイント弾ですって!!?何よ、それ!!私が汚れてしまうでしょう!!?」
文句を言うフィオナにモニカは手の中のボールを握りしめて笑った。
 「大丈夫よ、お貴族様。手加減はするから」
 「!!!!」
息を飲むと体をニーナへと向けてフィオナは叫ぶ。
 「私を全力で守りなさい!!良いこと!!?」
 「…わかってる。私たち、ペア、だから」
 「よろしい、それじゃ…いくわよ…!!」
モニカのように転がっていたボールを手に取る。
カラフルな色がついたそれはテニスボールくらいだろうか、それほど重くはない。
ニーナとアグネスがゆっくりと片手を掲げて叫ぶ。
 「包み込む聖母の腕…!!」
二人の言葉にどこからか鈴の音が響く。
魔法の時間の始まりの合図、と言われる音だ。
 「いくわよ、フィオナ…!!」
やる気満々といった様子のモニカは白い歯を見せながら、球を投げてきた。
真正面からの攻撃、しかし球はフィオナに届くことなく、少しの距離を置いて破裂した。
 「残念だったわね。私は、手加減しないわよ…!!」
しかし、フィオナは忘れていた。この攻撃には球を投げるコントロールが必要なこと。
頭が優秀で容姿も美しいフィオナだったが、運動に関しては今ひとつなところがある。
それに対して、モニカは勉強は今ひとつだが、運動は大の得意だ。
 「何よ、そのコントロール!!なめてるんじゃないの!!?」
 「なっ…し、失礼ね…!!」
モニカが笑いながら走り出す、とそれを追いかけるようにフィオナも走り出す。
しかし、おいつくことは難しそうだった。
モニカが放つ球はフィオナの方へと命中するも、壁に阻まれて破裂している。
対して、フィオナの球はモニカの方へ届きもしていない。
途中で落ちてしまったり、見当違いの方向へいくばかりだ。
 「あなた、さっきから一度も私の壁に当ててないんだけど?」
 「う、うるさいわね…!!これから当てるわよ…!!」
 「さぁ、それは…どうなるかしら…!!」
そう言ってまたフィオナの方へと球が投げられる。
 「あなただって、そうやって投げてもあたら」
パンッと弾ける音がした。
また壁に当たった音だと思ったのに、なぜだろう。
冷たい。
どろりとなにかが腹部から下へと伝う。
フィオナがゆっくりと目を向けると、制服に不釣合な蛍光の緑がついていた。
 「…どう、して…。…!!ニーナ!!!!」
フィオナはニーナの方へと目を向ける。
日が傾いてきている所為か、少し暗くなった屋上で気付けば彼女の手が降りていた。
手をおろす、ということは魔法を使うことをやめたということだ。
 「!!?あ、あなたっ、どうして…!!何をしているの!!?」
 「………疲れたの」
 「えぇっ!!?」
 「あらあら、壁がなくなっちゃったわよ?フィオナ・ヴァレンチノ!!!」
高らかに、得意気な声がモニカの声。
モニカの手の中の球が吸い寄せられるようにフィオナにあたっては、弾けて色をつけていく。
赤、緑、青…。
 「い、いや、汚れ…汚れる…!!」
もはや投げるどころではなかった。
せめて防御するように手で顔を覆う。
指の隙間からニーナへと目を向けて、フィオナは叫ぶ。
 「あなた…私を裏切るの!!!?」
 「………」
 「あなた、私とペアを組んでいるんでしょう!!!?」
 「………」
 「こた…答えなさい!!ニーナ・オリオール!!」
 「………疲れたの。これ以上、あなたのために疲れて…何になるの…?」
 「!!!?」
 「あなたの動きに…ついていくのは大変。…あなたが…わからなくなった…。あなたの…姿が見えない」
意味がわからないことをニーナは言う。
つまりこういうことだ。
疲れたからこれ以上魔法を続けたくない。やりたくない。
やる気を失った、そういうことだろう。
 「……冗談…冗談じゃ…ないわ…!!」
私にはやるべきことがあるの。
やりたいことがあるの!!
その為に、ペアと仲が悪いとか、そんな理由で…!!
立ち止まっているわけにはいかない。
この学園に入学しようと決めたときから、どんな困難も耐えなければと心に決めた。
平民と貴族は違うのだから。
フィオナはペイントで汚れた己の服に手をかけると、一気にそれを脱ぎはじめた。
 「!!?」
 「なっ…」
 「…ニーナ・オリオール!!!!」
大声で叫ぶ彼女の声は、疲れたといったニーナの耳に届いた。
「ペアを組もう」といったときとは違う、無表情の顔をフィオナへと向けると、そこには全裸の…せいかくには下着はつけていたが…フィオナが仁王立ちしていた。
 「私がわかるわね!!!?」
 「……」
 「答えなさい!!ニーナ・オリオール!!」
 「…わかる」
 「ヴァレンチノ家の私がここまでしたのだから、あなたも全力で私を守りなさい!!良いこと!!?」
 「…………」
 「返事は!!?」
 「……わかった」
ニーナの顔に再び表情が戻る。
彼女の手が掲げられ、しかしその口が発したのは先ほどとは違う言葉だった。
 「でも…その姿を…他の人に…見られるのは、いや……だから」
 「!!ニーナ・オリオール!!ルールを破るの!!?」
 「破ってはいないの。…だって、言ってなかった。私も、攻撃しちゃ…だめ…って。…地に降り注ぐ雨」
それはアグネスとモニカの頭上からまるで雨のようにペイントが降り注いだ。
 「きゃああ…!!」
魔法の壁を突き破り、彼女たちの服を汚して行く。
 「……私たちの、勝ち?」
ニーナは微笑んでフィオナに尋ねた。
 「…勝ちね。…けれど、これはやりすぎよ。ニーナ」
 「………」
ニーナはどうしてか、少し照れたように下を向いた。

 「信じられない。魔法を魔法で…さすが、ニーナね」
驚きと呆れが混じった声でモニカは肩をすくめる。
 「あなたもやるじゃない」
 「あら、当然よ。だって私はヴァレンチノ家の者だもの。勝つためにはどんな手段だって問わないわ」
 「……そう」
 「モニカ。…フィオナ、だめ…」
ふいに背後から手が伸びたかと思うと、腕はフィオナを抱きしめた。
かと思ったが、その腕の手はまっすぐにフィオナの胸を掴む。
 「!!!?」
 「!!?」
 「……柔らかい」
 「な、なななななな…!!」
 「に、にににニーナ!!!」
感触を確かめるように、ニーナの手が何度もフィオナの胸を包む。
背後から抱きついたニーナはとても満足そうな表情だ。
 「ちょ、ちょっと、離れなさい、ニーナ!!」
 「いや…」
 「ニーナ!!同じクラスメイトとして、見過ごせないわ!!」
 「……フィオナ…私…の」
繰り返し呟くニーナの声を聴きながら、アグネスは苦笑いを浮かべる。
 「元気になったようで良かったわ。……今度は、両想いになると良いわね。ニーナ」