STELLA (3)

別れは突然だった。
 「ペアを解消しましょう、ニーナ」
季節外れの大雨は二人の時間までも流してしまった。
 「私は全ての協力魔法を会得できた。あなたのお陰。あなたには感謝している。けれども、それで終わり、とはいかないの。まだまだ会得しなければいけない魔法が沢山あるの。私は…私の夢は、この国を守る軍に入ることだから」
どこまでも彼女の夢は気高く、輝き、決意は固いものだったから。
 「……頑張って、サラ」
そう言って、ペアを解消してあげることしかできなかった。

フィオナ・ヴァレンチノとペアを組んで一ヶ月が経つ。
英才教育を受けてきた彼女は協力魔法を次々と会得していた。
ニーナは一度全ての協力魔法の会得をしていたのだから、あとは二人の呼吸だけが問題。
フィオナは少し自分で突っ走ってしまう傾向があるらしく、時々呼吸があわなくなる。
不発、失敗なんて日常茶飯事だけれど、フィオナは何とかニーナの呼吸を知ろうとしているようだ。
そういえば、貴族の彼女が何故この場所にいるのだろう。
例えば、彼女の姉たちが通っていたのはこの国でも有数の国立学校。
それがどうして…彼女は「平民が通う」女子校に入学してきたのだろう。
アグネスもそれは知らないと言っていた。
気分転換とでも考えているのではないか、と彼女は言っていたが本当にそうなのだろうか。
 「ニーナ!!!」
ふいに彼女の声が聞こえ、ニーナは思考を停めた。
 「フィオナ」
 「まだ教室にいたのね!!?今日は昼休みも練習をしようって言ったでしょう!?」
 「……あ…」
 「あ、って何よ!!…まさか、あなた…!昼食もとっていないわけじゃないでしょうね!!?」
 「……」
ニーナが答える代りに、彼女の腹が小さな音を立てて答える。
 「…呆れた。仕方ないわね、食堂に行くわよ!!」
 「……」
 「何よ」
席を立つものの、あまり乗り気ではない様子のニーナにフィオナは少し苛立っているようだった。
気にする様子もなく、小さくニーナは「あ…」と呟くと、
 「フィオナ、食堂は嫌いなんでしょ?」
 「え」
 「だって、前に……平民が、いっぱい…いるから。嫌い、って…言ってた」
 「……し、仕方ないでしょ!!!お腹を減ったまま、練習なんて出来ないでしょ!!?我慢して、付き合ってあげるわ!!光栄に思いなさい、ニーナ・オリオール!!!」
生まれつきなのか、わからないが彼女は少し不器用だった。
人に対してうまく言葉が伝えられない。
そういう点では、少しニーナとフィオナは似ているように思う。

昼休みで混雑する食堂で彼女と出会ったのはほんの偶然だった。
物珍しそうに周囲を見ていたフィオナと彼女がぶつかったのだ。
 「きゃっ」
と小さく声をあげたフィオナに彼女は気付き、すぐに謝罪した。
 「ごめんなさい。…あら……ニーナ…?」
 「……サラ」
サラ・ブランシュ。
ニーナの元ペアの相手であり、国を守る軍人を志す気高き女性。
 「久しぶりね。元気だった?何だか不思議。ペアだった時は毎日会っていたのに…ちゃんと会うのは解消して以来ね」
 「…そうね」
少し笑ったときに見える歯も相変わらずだった。
フィオナはどこかぎこちない二人の会話に少し怪訝そうな表情に変えると、ニーナの手を無理に取り、
 「ほら、ニーナ!こんなところで油を売っている暇はないでしょう!!?早く食べないと、昼休みが終わってしまうわ!!練習が出来ないでしょう!!?」
 「そ、そうね」
 「せっかくお会い出来ましたのに、残念ですわ。サラさん」
 「良いのよ。あなたがニーナの新しいパートナーね。ニーナは良い子でしょう?」
 「………」
 「わかるの。私はニーナのパートナーだったから」
二人で何でもわかちあって、練習も頑張って。
増える魔法に喜んで…けれども、わかちあえないこともあった。
例えば気持ち。
サラはニーナを妹のように大切に思ってくれていたけれど、ニーナと同じ気持ではなかった。
そばにいたからこそ、それがニーナにはよく身に染みたから。

目の前には食堂で一番の人気メニューであるパスタ。
けれども、今はパスタよりも先程会った彼女の顔が浮かぶように見えた。
 「……」
 「ねぇ、ニーナ。…サラは…」
 「え」
 「…いいえ、良いの」
珍しく彼女が言い淀む。
少しの間、二人の間には食べる食器の音だけが響いた。
 「……私はね、ヴァレンチノ家の人間なのよ」
突然、フィオナが話し始めた。
 「知ってる」
 「そんな私が、どうしてここにいるかわかるかしら?」
 「………わからない」
どうしてそんな話を始めるのだろう。
 「あなたはステラ、という名の魔法を知っているでしょう?」
ステラ。
久しぶりに聴く名だとニーナは思った。
ステラとはこの学校で学ぶ協力魔法の一つ。
この学校の「伝統」とでも呼べる魔法の一つで、この学校の「協調性」を示す魔法。
 「……知ってる。二人の体を浮遊させる魔法。浮遊は二人の協調に応じて、高くなって…」
 「空まで浮遊することが出来る魔法。現存する魔法で一番空に近い場所にいける協力魔法よ。…私がお兄様に教えていただいて…知った魔法」
言いながら、フィオナは己の首元へと指先を潜り込ませ、細いチェーンと共に小さな弾丸ほどの銀のカプセルを取り出した。
 「私は…約束したの。だから…ステラで星空に行かなければいけない。その為にはどんな困難も耐えてみせる。そう決めたのよ、私は」
 「………そう」
それじゃあ、約束を果たしたら貴方はどうするの?
そう思ったけれど、ニーナは口にしなかった。
別れはいつだって突然訪れるものだ。
サラの時だってそうだったし、自分の想いが伝わることがとても難しいことだとは理解している。
だから、無理に伝えようとは思わない。
彼女と今、築いている関係だってニーナにとってはとても大切なものだから。
 「……私、頑張る」
フィオナはニーナの言葉に少し満足したように微笑んだ。